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葬儀では悲しめない現実があります

葬儀中の喪主を務めた家の者は、なかなか悲しみを外に出せない現実があります。

泣いていたり悲しんでいても、葬儀は着々と準備されて行き
お布施相場の現実
弔問客に挨拶をして、ある程度の気配りをせねばならずわりと悲しんでいる暇がなかったように思います。

実際に火葬された後、家族だけになった時が一番悲しみに浸れたり何から解放されたのか分かりませんが自然と故人を偲ぶ形になるんだと思います。やはり、人が来ているうちは気を張っていて悲しんでいる状態ではなかった気がします。

ところで、大相撲の中継は普段見ないのですが、この事故の九州場所だけは見るのです。なぜかというと、ここ数年、東の花道をくる力士をとらえるカメラが底近辺に座っている着物の御婦人をとらえるからです。

この方は本当にきれいに着物を着こなされている方で、お相撲大好きなんでしょうねえ、毎日違う着物で観戦されているのです。

昨日は柔らかな絹物と思えば、今日は渋めの大島紬といったように。一人で観戦しているようですが、そこ、たぶんお席のお値段もかなりかかるんではないかしら?この日の為にへそくりためていたりする実は普通の主婦さんだったりするにかな?なんて騒動しながらお相撲そっちのけで中継を見てしまうのです。